ぶらり広島街歩き

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2012年 07月 01日

基町・長寿園高層アパート群

原爆スラムは、広島市中区基町の本川沿いに広がっていたスラムを呼ぶ通称。別名「相生通り」。 現在では都市開発により消滅している。

江戸時代にはこの地域は広島城の本丸に隣接した区域で武家屋敷が広がっていた。明治になり陸軍第5師団が置かれると、一帯は師団司令部や西練兵場、砲兵隊、歩兵11連隊、陸軍病院などの施設に占められ軍都広島の中核となった。

戦後、この一帯は中央公園として整備が決定し、公園用地に応急住宅を建設するなどした。しかしこの西側の本川沿いは、生き残った者や疎開から戻ってきた者、引揚者などが焼け残ったトタン板や板切れからバラックを建てて住むようになり、この一帯は「原爆スラム」と呼ばれるようになった。

1960年頃には900戸に及ぶ住居が密集し迷路のようになっていた。このため原爆スラムの住民を吸収するため、改良住宅と慢性的な住宅不足に対応するための公営・公団住宅を高層住宅として建設し、それにあわせてショッピングセンター・小学校・集会室などの施設も整備する計画が作成された。

かつてスラムのあった本川沿いは美しい緑地帯が拡がっており、原爆スラムは、基町・長寿園高層アパート群として生まれ変わった。
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by haruharu_0504 | 2012-07-01 06:18 | 広島市中区


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